・労働過程において通常求められ注意義務を尽くしていれば、労働過程で日常で発生する損害については、損害賠償は発生しません。
・労働者に賠償責任がある場合でも、損害すべき範囲は、使用者側、労働者側の諸事情を総合考慮して決定され、損害全額に及ぶことは通常ありません。
・損害賠償債権と賃金を相殺することは許されません。
使用者からの損害賠償請求権
仕事のミスで会社に損害を与えたとして、損害賠償を請求されたり、仕事に関連して第三者に支払った損害賠償金(交通事故の損害賠償金)を求償されるいう事案があります。
損害額を給与や退職金から差し引かれたという事案も多いようです。また、損害を与えたことを理由に退職を強要されたり、その逆に侵害相当額を払い終わるまで退職させないと強迫される事案もみられます。
①労働過程において通常求められ注意義務を尽くしている場合には、損害賠償義務は発生しません。また、些細な不注意(軽過失)により損害が発生したとしても、損害の発生が日常的に発生するような性質のものである場合には、労働過程に内在するものとして、損害賠償義務は発生しないと考えられます。このような損害は、使用者としても当然予見できるものであり、労働者を使用して利益をあげている以上、そのリスクは使用者が甘受すべきものと考えられるからです。
道幸哲也「労働過程におけるミスを理由とする使用者からの損害賠償法理」
②判例の責任判断
●使用者側の責任要素
①業種による事故や損害の生ずる危険性の高さ
②車輌整備の不十分さ、業務に必要な設備の欠如
③臨時の業務や本来と異なる業務への選任
④労務の過重性、賃金の低廉
⑤指導・監督の杜撰さ、事業体制・事業組織の不適切さ、指示・規則等の違反を誘発する
使用者の方針や人事体制、任意保険不可入など
※判例において、軽過失事例では完全免責から損害額の30%の間、重過失事例では損害額の50%から70%の間で、労働者の賠償責任を認めるの多いです。
《裁判事例》茨城石炭事件(最高裁小法廷判決昭和51年7月8日民集30巻7号)
③賃金からの控除
ⅰ)会社から労働者に対して、損害賠償請求権や求償権を持っていても、一方的に賃金と相殺することはできません。(労基法第24条、17条)
使用者は賃金を全額支払ったうえで、別途労働者に対して損害賠償することになります。
ⅱ)労働者が自由な意思に基づいて、使用者に対して負担する債務を賃金債権とを相殺することに同意した場合には、この同意が労働者の自由な意思に基づいてなされれたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、有効とされています。(日新製鋼事件・最高裁判決平成2年11月26日労判584号)